2007/01/26 Kyoto, where Genji lived :The tale of Genji(源氏物語) Part-4
2007/01/25 The amorous days:The tale of Genji(源氏物語)Part-3
2007/01/22 An abduction:The tale of Genji(源氏物語)Part-2
2007/01/19 The tale of Genji(源氏物語)
2007/01/17 I went to fly a kite with Mai.
2007/01/12 Henry van Dyke
2007/01/10 Never never!
2007/01/02 New Year has come!



2007/01/02 New Year has come!

今回の年末年始はChristmas同様、おかしな年だった。私は31日にホテルのおせち配りの予定だったが、 景気が良いのか注文が多かったらしく、業者手配してお役御免になった。なぁ〜んだ、せっかく良い経験ができると意気込んでいたのに。 1日はホテルに朝も早よから2時間配膳の仕事に行き、その後晴れ着を着て画廊の店先に立った。ここ数年、ChristmasはRafe家で・ お正月はYousuke宅で、が恒例になった娘の不在ということもある。何年も一緒にいる(正確にいうと38年だ!)夫婦だけで正月を 祝っても仕方ない!?うん?

年末は、下の教室の整理や問題集のチェックなど一人でやっても寂しいから、受験生のH美を呼び寄せて傍らで勉強をしてもらった。 質問には適宜答える。その日はInstallされている住所録の使用法が未だにわからず、printerも最近言うことを聞いてくれないので 四苦八苦し、なかなか仕上がらない年賀状にイライラしていた。

突然printerが同じ住所をprint outし始め、右往左往している私を見てH美が聞く。
「ふ〜みぃ、年賀状足りるの?」
「わからない。どうしたら良いの?」とウロウロして
「あなた、私のこと馬鹿にしているでしょ!」と叫ぶと、H美が我慢できずに吹きだした。なんせ彼女、 一流大学の理工学部を狙ってるカンね!
何がどう可笑しいのかわからないけれど、二人共hyper activeになったようにお腹を抱えて大笑い。顔を見合わせては笑い、 同じ住所の年賀状を見ては笑い、ゥハッハッハッ・ゥハッハッハを繰り返す。

他人に言ってもこの可笑しさはわからないから言っても無駄よ、と言いつつ、又してもお腹がよじれるほど笑って、 「さあ、オシマイ。勉強しよう。」ハイッ、きちんと勉強しました!年賀状もきちんと年内に出来上がりました!

いつも窓越しに挨拶するのに、K坊嫁のMが血相変えて、Hitowaを乳母車に乗せてスタスタ歩いている。Hitowaの散歩なんて初めてなので、 私は外へ飛び出して批難の声を出す。
「黙って行かないでョ。」「ごめん、トイレ!!」とお尻をくねらせて、生まれたばかりのHitowaの乳母車を私に預けて家の中に突進。 しばらくしてから「あ〜、すっきりした。」とMが出てきた。おかげで私はHitowaの写真をとることができたけれど、 これも後で考えたら爆笑ものだ。

久し振りの画廊は、おかしみが渦巻いていた。それはfunny/ridiculous/absurd/comicalのすべてを含有していて、 涙が出るくらい笑った。私の後任の人(面倒だからA子とする)は、ownerの宗教関係の人だという。 A子はownerがお家賃を万年滞納する人だということを最近知った。「Spaceを貸して戴いて商売をさせて頂いているのに 家賃を払わないとは言語道断。」とひどく憤慨した。「最近ownerはその宗教内で偉くなって、何人もの前で訓話を説いているけれど、 宗教をやる資格はない。」これを聞いたcolleagueがcynicalにノタマう。「だからぁ、そんな人が説教を垂れるような、 あなたがやっているその宗教は大丈夫なんですか?」これにはA子、口を開けたままだったという。

いや〜笑った、笑った。涙が出るほど笑った。初笑い!→しかし、宗教は自由です、ハイ。

毎年「みちのく初桜」を贈ってくださる方がいて、小さなピンクの花がポツリポツリと可愛い花を咲かせ、 リビングはかろうじてお正月らしい雰囲気を醸し出している。


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2007/01/10 Never never!

朝はホテルへ仕事に行き、夜は飲んだくれていたら、2週間の冬休みはあっという間に終わってしまった。

10年ほど前だったろうか、『ネバネバ人間』という言葉が流行した。『あれもせネバ!』『これもせネバ!』 『私はこうあらネバ!』『社会は・・政治はこうあらネバ!』となんでも『ネバネバ』の型にはめようとする。 特に根が真面目(?)な私は、ネバネバを繰り返してきた。

だが今や、このネバネバを返上する時期が来た。何のテレビコマーシャルだか忘れたが、『家族のために30年・ ご飯を炊いてきたけれど・好きにしたいワこれからは』というのがあって、私はこれをおおいに参考にしようとしている。

まず手始めに、スープダイエットを口実に、Paulの食事の面倒を見てあげない。ホテルでは賄い食が出るから、 Paul一人のために食事なんか作ってられるか!ってなもんですよ。Paulは私の多忙さを目の当たりにしているから、 文句一つ言わず自分で食事を作っている。私が大学へ行った時は、自分の分の洗濯は自分でするように仕向けた。今は食事の支度だ。 これが一歩進んで、私の分までも作ってくれるようになると、バンバンザイだ。残るはお掃除だ。 もう少し頻繁に掃除機をかけてくれると嬉しいんだが、小学生の頃から寄宿学校生活をしたお坊ちゃまには、 チト望みすぎという感もある。これができれば、万が一、私に先にお迎えが来ても一安心というものなのだが・・・

テレビをチラチラ見ていたら、やたらと堺屋太一氏が写っていた。どうも『団塊の世代』という言葉の生みの親だということで あちこちに引っ張りだこらしいのだ。2007年問題を何十年も前に問うた本を出しているのだが、彼は『団塊の世代』に対して 非常に好意的だ。曰く:

『家族のために』『会社のために』もう何もしなくて良いから、「有利よりも好き」な事を選べと提言している。 例えば『ゴルフに行く』のは、ゴルフが好きなのか/仲間と話すのが好きなのか/出かけるのが好きなのかを見極める事が大切だという。 それによってスポーツ関係/講義或いは営業マン/旅行案内等の業務につける。しかも毎日でも週何回かでも選択できるように、 優秀な人材を上手く使う会社が、この先伸びていき社会が活気付いていく・・・ふ〜む、団塊の世代はまたまた塊になって、 新しい老人社会を作っていくのか。

自分自身が『団塊の世代』であるコメンテイターが面白かったのは、「『団塊の世代』は時代を引っ張ってきたというイメージがあるが、 考えてみると偉大なleaderはいない。」ということだ。実は学生運動だってウチラが始めたわけでもないし、 ビートルズに騒いだってのもウチラの上の世代だ。戦中派が道をつけてくれた後を、ウチラは塊になって (いや塊りだからこそ力強く見えるだけで)進んできただけだ。

NHKでは『団塊1000人に聞く』とかいう番組で、『あなたの人生を振り返ってみて漢字一字で表すと何ですか』というのがあった。 パッと私に浮かんだのは『楽』であった。画面には『苦』だの『忍』だの悲観的な文字が流れたが、 一位になったのは私と同じ『楽』であった。

そーさ、色々あったけど、やっぱり私の人生『楽しかった』よ〜。
それにサ、60歳まできたら、もう開き直るより他ないじゃない!
You should never regret your life !


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2007/01/12 Henry van Dyke

最近出会った力強い詩を一編。

Say not “Too poor !” but freely give.
  “貧しすぎる”などと言わずに思いのままに与えよう。
Sigh not “Too weak !” but boldly try.
  “弱すぎる”などと溜息つかないで大胆にやってみよう。
    You never can begin to live
      Until you dare to die.

       死をものともしなくなってはじめて
         君は生き始めることができるのだ。
                -Henry van Dyke-
Henry van Dyke (1852〜1933)
  An American author, educator, and clergyman

(ダイクさん、つたない訳でゴメンナサイ。)


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2007/01/17 I went to fly a kite with Mai.

Maiと凧揚げに行った。

正確には6と凧揚げをするつもりだったのだが、荒川の土手まで自転車で行くにはチト遠かったので、 急遽桜橋に行き先変更をしたら俄然Maiが張り切ったのだ。

お天気が良く空は抜けるように青い。凧揚げには微風過ぎるかなと思っていたら、桜橋の上は結構な風が吹いている。 Maiは長い足をつけた立派な凧を風に乗せようとするが、なかなか揚がらない。風を受けた凧がバサバサと音を立てて、クルクル回る。 その様子に怖気づいた6は、私のそばにピタッとくっついている。私は8(本名=祥=さち=6の弟)を カンガルー抱っこしてMaiの奮闘振りを見ている。

通りがかりのオジサンが、どれどれと講釈を始める。どうも風が強すぎるらしい。大きな凧に亀裂が生じた。 場所を変えてMaiは小さな奴凧に挑戦した。しかし、なかなか揚がらない。自転車で風を受ければいいのではないかと、自転車にも乗る。 「凧は深いよ〜」と首を傾げながら、あれやこれや試してみる。揚がらない。「6、ごめんね。ダメかあちゃんで。」

諦めて帰りかけたら、小学生が一人で凧揚げを楽しんでいた。Maiは研究熱心な目を向ける。我慢できずにその子に話し掛ける。 凧はビニール製で割り箸で枠組みがしてある。凧というよりもkiteと言う方があたっている。「玉姫児童館で教えてもらったんです。」と いう子に「玉姫児童館てどこ?」「何曜日?」などと矢継ぎ早に質問するMai。

翌日、凧揚げに成功したというメールをもらった。

感心するのは凧揚げに行く前に、凧揚げの本を図書館から借りて6の興味をそそり、実際に凧揚げは楽しいというところを みせていることだ。まあ、どちらかというと、6のために凧揚げをしているのではなく、自分自身が楽しんでいるのだが。

私は実に久し振りにゆったりとした気分に浸った。こんな子育て法だからこそ6のような興味深い子が育つのだろう。そして、 次の文を思い出して、『何もそんなに急いで生きる事もないのに』、と思った事だった。

“・・・If you look around you, you can see The Twitching of America everywhere. There are people who will punch the button for an elevator, and if the elevator does not arrive within five seconds they will begin punching the button again repeatedly - or they will begin looking for a staircase. There are people whose faces become ruddy and flushed in traffic if the car in front of them pauses even momentarily before starting up again after the light turns green. There are people whose days are ruined if they have to stand in line at the bank. The slow-moving days of society are definitely over. The Twitching of America is claiming more victims every day ; no one really enjoys it, but the inroads it is making are undeniable.・・・”
-from Progress p62-


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2007/01/19 The tale of Genji(源氏物語)

語尾が終らない内から、畳み掛けるようにもう一人がお話を始めます、最近のTV commercialには苦々しい思いがいたします。 確かに1分何千万円かかるかも知れないのですが、それにしても聞き苦しい時の方が多いように思われます。 前回のThe Twitching of Americaのvictimらしく、私もどうもゆっくりできる性分ではないらしいのです。団塊の世代だから尚更だ、 などと言ってみても始まらないことなので、性格だと割り切るより他にはないように思われます。

少しゆっくりしようと、たおやかに時間が流れる平安時代の『源氏物語』にはまってしまいました。と申しましても a victim of The Twitching of Americaは縫い物をしながら、耳だけを傾ければ良い『朗読』CDを図書館で見つけて参りましたので、 一石二鳥のことだととても喜ばしく思っているのでございます。瀬戸内寂聴さまが訳されたものを、紫式部は三田佳子さまが、 光源氏は中村橋之助さまが朗読なさり、今更ながら女優の力量に感心している次第でございます。

光り輝くばかりにお美しい『源氏の君』は、宮中の女達の憧れの的で、この物語には様々な恋の形が雅な様子で綴られておりますが、 現代の女性週刊誌にも似て、『お召し物は〜で』とファッション紙のようでもあり、宮中スキャンダル暴露本のようでもあります。 この膨大な続き物は絵巻にもなり、たびたびお芝居としても上演されておりますので、ご存知の方も多いかとお察し申し上げます。

さて私はこの源氏物語の再考をしてみたく、話題に載せてみようと考えてみたのでございます。と申しますのも、 若い頃は平安朝の貴族の生活に思いを馳せ、憧れをお感じ申し上げておりましたが、幾つかの疑問点が湧き上がって参りまして、 現代社会で『源氏の君』がご生活をなさったらならばどんな風なお扱いをお受けになるだろうと、興をそそられたのでございます。

それにいたしましても、十二単の中で垂れ流しの場合もあったでございましょうし、あんなに長い髪を洗って乾かすのも 並大抵のことではありませんでしたから、異臭を放つのも無理のない事でございます。それに、高貴な姫君達はお顔を見せるのは、 はしたない事とされていましたから、御簾の中に押し込まれ乳母(めのと)や女房達にかしづかれておられましたから、 運動不足にもおなりになった事でしょう。『深く香を焚き染める』のは異臭を消すためなどと申さず、 『奥ゆかしい香り』を漂よわせながら、運動不足の体で御簾の中から『にじり出てくる様を誠に雅に思う』お心は、 さすが平安の貴族社会ならではと感心いたしますが、お食事もあまり栄養のつかないようなdietが書き連ねられておりますので、 『物哀しい』お気持ちになられ、すぐに泣くのもいたしかたないようにも思われます。『もののあはれ』は、 このような環境から生まれてきたのだと納得した次第でございます。

そんな風にお過ごしになっていらっしゃる姫君達のお噂と女房達の手引きを頼りに、「お美しいあなただけを長い間 お慕い申し上げておりました。」とお顔も御覧にならないのに、ぬけぬけとおっしゃりながら暗闇の中で言い寄る平安の御貴族達は、 向こう見ずな勇敢さをお持ちだとお見受けされますが、愚かとも取れるのは私が年を取りすぎたせいなのでございましょうか。 そんな風ですから、たまには御失敗もおありになって、とんでもない女と契りを交わしてしまったりするのでございます。 源氏物語の中の恋が、すべてがきれい事ではないのがまた可笑しいのでございます。

いずれにいたしましても、東西を問わずどちらの貴族社会でも華々しく恋にうつつを抜かすことがおありになったようでございます。 生活のために働かなくても良い御貴族達は、大それた出世をお考えにならなければ、する事もなく、 必然的に恋のさやあてに大忙しにおなりになるのでした。


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2007/01/22 An abduction:The tale of Genji(源氏物語)Part-2

円地文子氏が源氏物語を訳した時に『そこに山があるから』の心境で、5年間もこの長編に懸かりっきりになったと述懐しておられた。 私はとうてい本文を紐解こうなどという大それた考えは持ち合わせていないのだが、『そこに違った解釈本』があるから、 幾つかの訳本を読んできた。訳者によって加筆されていたり、自分の思い入れが多いところが出てきたりするので、 異なった訳者の本を読み比べてみるのも興味深い。今回は瀬戸内寂聴氏訳である。

第1帖は≪桐壺≫(=源氏の父・帝の名前/母・桐壺の更衣)から始まるのだが、(私はいわゆる解説本を読んだことがないから) 未だに不可解なのは第2帖の≪箒木≫の題名である。広辞苑には次のように出ている。
「@ほうき草の蔑称A情けがあるように見えて実のない事。姿は見えるのに会えないこと。B母にかけていうC間夫(まぶ)の 隠語D源氏物語の巻名。雨夜の品定めと、源氏と空蝉との交渉の前半部。」

膨大な恋の暴露本のエピローグとでもいうべき『雨夜の品定め』によって、平安の男達の理想女性像が浮かび上がってくるというのに、 なぜ作者は第2帖を≪雨夜の品定め≫としなかったのか?作者は広辞苑の説明のAとBを仄めかしているのか? さては源氏はマザコンだったのか?なぜなら、源氏の母に当る人は早く亡くなってしまったのだから。

母は更衣と呼ばれる身分の低い人であったが、毎夜帝に寵愛され、正妻やその他の女達の恨みを買い、心痛のあまりみまかった。 帝が現在愛している方=≪藤壺の宮≫は、亡き母にそっくりであり、母を慕うように源氏は≪藤壺の宮≫を慕うあまり、 やがて恋心を抱き、ついには≪藤壺の宮≫と過ちを犯す。

内に秘めた恋はさておき(しかも正妻がいながら)、17歳の源氏は恋人を『御物の怪』で亡くし、悲しみに暮れ自分も病に陥る。 加持祈祷に訪れた人里離れた山の中で、尼になった祖母と暮らす10歳の可愛らしい女の子を見かける。 その面持ちがあまりにも恋焦がれる≪藤壺の宮≫にそっくりなので、ぜひとも引き取って自分のそばに置いていつも眺めていたいと思う。 このあどけない女の子の父親は≪藤壺の宮≫の弟であるから、伯母と姪では、似ていてもちっとも不思議ではないのだ。 (やれやれ、宮中の狭さが浮かび上がり、人類みな兄弟的発想も出てこようってものだ。)

手の届かない≪藤壺の宮≫の代わりに是が非でも≪若紫≫を手に入れたいと、源氏は祖母に頼み、文を送り、 何かと心配りをするがなかなか聞き入れてもらえない。そうこうする内に祖母が亡くなり、幼かった頃の自分の境遇を思い出し、 源氏はついに≪若紫≫の父君が迎えにくる前夜、無理やり自邸に『お連れ』してしまう。

そのくだりは、ここ数年に見られる幼児誘拐(abduction=kidnapping)の手口と何ら変わらない。『ねっ、私の家にいらっしゃいよ。 面白い絵などもあるし、お人形遊びもしましょう。』と姫君が興味深そうな提案をする。もっとタチが悪いと思うのは、 源氏は御張の中へ手を入れて姫のやわらかい体の感触を楽しみ、髪をなで手を取り姫と一緒に御張のなかへスッと滑り込んでしまう。 もう、やりたい放題なのである。

お付きの少納言は「まだ子供だから」と困り果てているが、「いくらなんでもこんなに幼いお方に何をするものか。 私の恋の真心を知って欲しい。」と源氏は反論する。しかし本人も世間もこの行為は好色から出ているという事を知っているのだが、 紫式部の語り口が柔らかいので、筋が通っていないまでも『高貴なお方のなさること』と正当化される。

嵐になったので宿直(とのい)をすると言って、馴れ馴れしく御張台の中へ入り、わなわなと震えて鳥肌を立てている姫君を見て この上なく可愛いと思い、肌着一枚だけの体をくるみこんで抱いてあげる。ここまでくると、ロリコンの変態である。 光り輝く源氏はidolには違いないが、実は好色な傲慢貴公子なのであります。


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2007/01/25 The amorous days:The tale of Genji(源氏物語)Part-3

第9帖≪葵≫までの瀬戸内源氏は、実に好色な青年として語られる。12歳で元服(成人を祝う)の儀式を終えた源氏は、 若さゆえの遊び心と好奇心から、ありとあらゆる階層の女との交流に及ぶ。

臣下に下ったとはいえ、帝の第2皇子である源氏は類稀(たぐいまれ)な容姿と性質を持っていて常に全女性の憧れの的であるから、 身分の低い女達が源氏に声をかけられれば、簡単になびくのも頷ける。数限りなく若い女房達を慰みものにするのはいたしかたないとして、 面白かったのは色好みの老女官≪源典侍≫と関係を持つところだ。妻の兄であり、ライバル意識をもつ親友の≪頭の中将≫に その現場を見つかってしまい、からかいの種になってしまう。

或いは『象の鼻のように長い鼻を持ち、おまけにその鼻の先が真っ赤』な、≪末摘花≫の常陸宮の姫君の話も面白い。 暗闇での恋のなせる業で、愛の契りを交わした後で「しまった!」と源氏は後悔する。≪若紫≫と人形遊びをする時に 人形の鼻を真っ赤にして、「わたしの鼻がこんなふうだったらどうなさる?」と≪若紫≫に愚痴とも取れる話しをする。 (チッ、容貌第一主義かよ!)そんな中、受領の妻である≪空蝉≫だけは、源氏の手には落ちなかった。

容貌第一主義は、源氏の同性愛的嗜好にも及ぶ。親友の≪頭の中将≫や≪若紫≫の父=≪藤壺の宮≫の兄の 『〜をお召しになったお姿がご立派なのを御覧になられるにつけても、自分が女であったら、こんな人に愛されたいものだと しみじみとお思いになられる』のであった。

瀬戸内源氏でしょっちゅう使われる、好色という言葉は何であろう?或いは源氏の恋/愛はどんな性質のものだったのだろうか? ジーニアス和英辞書の『好色』の項には次のような言葉が並ぶ。(すべて形容詞)
amorous=愛に動かされ「おぼれ」やすい erotic=性愛を扱った・好色な・官能的な  lecherous=好色な・淫乱な・色情を起こさせる passionate= 情欲的な、好色な  sensual=(知的・精神的でなく、肉体的)快楽趣味の・好色な
私は上記の英語を考えると、『好色』という表現は当っていないように思う。それよりも、源氏の本当の気持ちは 次のリーダーズの言葉が適当な気がする。
lust=【[名](抑えがたい)欲望、熱望、渇望・性欲、肉欲・煩悩

母を慕い≪藤壺≫を慕う心はやがて源氏の永遠の女性像となるが、その恋は叶えられず、渇望と煩悩に苦しみながら、 ただやみくもに女の間を彷徨う寂しい少年の姿が浮かんでくる。だが誰一人として源氏の心を100%満たしてくれる女はいない。 その挙句に自分そっくりな不義の子を≪藤壺の宮≫が出産し、益々源氏は悩み苦しみ魂の彷徨はおさまらない。

日頃から源氏の足が遠のいた事に恨みを持つ身分の高い≪六条の御息所≫(=前皇太子の母に当る)の愛と嫉妬は、怨霊となり、 愛らしかった恋人≪夕顔≫に取りついてその恋人の命を奪ってしまう。また、新しい斎院の御けい見物の折、正妻≪葵の上≫の 家来に耐えがたい屈辱を味わった≪六条の御息所≫は、出産間近の≪葵の上≫にまで取りつき死に追いやる。女達の愛は、 後ろ楯になる男達(父・伯父・叔父・兄など)の権力闘争の思惑も含み、「恨み」「妬み」の心と千路に入り乱れる 「あさましい」「情けない」心などが交差して、凄まじいものになってしまうのだ。

源氏は愛する人を亡くする哀しさと、女の情念を深く感じる。≪六条の御息所≫に代表される女達の欲望と嫉妬と男女の情愛は、 非常に疎ましいものになって、仏門に入ろうかとさえ考えたりもする。源氏はこの時22歳になっており、 初めて人間的成長を一歩進めたように思われる。

前回の訂正1:≪藤壺の上≫は≪若紫≫の父の妹に当る。従って『叔母』である。 訂正2:『箒木』は空蝉のように衣だけを置いて逃げた≪空蝉≫と交わした歌にでてくる。が、源氏のマザコンは訂正しない。


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2007/01/26 Kyoto, where Genji lived :The tale of Genji(源氏物語) Part-4

源氏物語はなぜ深く私の胸をえぐるのか?多くの人がなぜ愛するのか?千年前もの王朝の恋の暴露や、『もののあはれ』 と言っては泣く女々しい人達になぜ人は共感するのか?

私は今回かなり醒めた感覚で、言い換えればcynicalに源氏物語を捉えようとした。身分が高いだけが尊いんじゃないヮィ! 容姿が優れているだけが憧れの対象なんてチャンチャラおかしい!紫式部がどんなに源氏が素晴らしい貴公子だと言おうと、 その設定に乗ってたまるもんか!・・・と。しかし、源氏の苦しみが徐々に明かされていくと、この物語は一筋縄ではいかないと、 てひどく思い知らされる。

個性豊かな多くの登場人物達を配し、様々なエピソードを披露する源氏物語の筋運びは、まず私達の興味を引く。 そして男女の情愛は言うまでもなく親子・兄弟・主従関係などの、人と人が織り成す心の交流が細かに描かれていくのは、 やはり面白いのだ。愛を契りあう折に文(ふみ)/歌を交し合い、その文/歌に知性や品格を感じ、音楽や舞に長け風流を理解する人々。 【特に私は『衣衣(=きぬぎぬ)』の別れの後に文/歌を交すのは、世界一romanticな愛の行為だと思う。 『衣衣(=きぬぎぬ)』=衣を重ねて共寝をした男女が、翌朝、めいめいの着物を着て分かれること。 男は夜が更けてから女を訪ね歩いたから、明け方自邸に帰ると、文・歌を送ったが、早く届けるほど愛情が深いとされた。】

. 紫式部の手腕が冴えるのは、源氏をこの上もなく素晴らしい貴公子に見せかけてはいるが、 身分の低い母の子であったため東宮(皇太子)にも立たせず、父の愛人と過ちを犯させるのを初めとして (→後に源氏の甥も源氏の妻と過ちを犯し、源氏はその不義の子を感慨を持って抱く。)、様々な心の葛藤をさせているところだ。 ただのスキャンダル暴露本に終らず、文学としての薫り高さが匂ってくる所以だ。

私がcynicalに源氏物語を捉えようと試みても失敗に終ったように、私達の心の中には『人に優しく/人を愛したい』という心が 奥深くにあるということを、もっと大事にしなくてはいけないのではないだろうか。なぜ『冬ソナ』のような韓流ドラマが流行したのか? 或いは最近の日本映画やドラマの予告編には、号泣する姿がなぜ多いのか?を再考すべきではないだろうか?

私達日本人の精神的形成は、この平安時代に定着したとみられている。私達はこの風雅に趣を感じる繊細さを誇りに思わなければならない。 むやみやたらに闘い・敵を倒し・命を奪おうとするコンピューターゲームなどに、子供達に興じさせてはアカンのだ。 戦争大好き人間を大統領にするような、歴史の浅いアメリカからの輸入ものを有難がってはアカンのだ。 (まっ、ウチラも平安時代の後は戦国時代に突入するけれどネ・・・)

急に京都へ行きたくなった。前回は禅寺や仏像中心に歩いたのだが、『源氏物語54帖を歩く』 (どひゃぁ〜、まだ私は9帖だぜ!)―JTB発行―という本を見つけてからは、俄然他の興味が出てきた。 京都御所は源氏物語の舞台だ。さあこれからしばらくは、京都の源氏物語ゆかりの場所を、予備知識として入れていかねば・・・


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Fumi




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